現代にも亡命とは移動 の経験を越すと言うことを確認できるのだ。精神の崩壊もある。世界で唯一無二の聖地を失った人には突然なじみのなくなってきた世界に漂流させる感じが強い。ホーム(家、国、聖殿)の基点がなくなってくると基本的方向感覚のない感じで世界、人生のことは意味のないことになる。自分の文化や独自性の根源から離されたら人々(国民)はどうなら枯れる、実体のないことを感じられるのだ。こういうふうにR.P.Trillesというフランス人の人類学者はガボンのピグミー族の話だ。つまり、ピグミー族には祖先の地を追放されてから宇宙とも全部混乱の感じになった。彼らの神様は彼らに怒っていて世界は暗黒(夜また何度も夜)になった。亡命は祖先の精神も根こそぎににやられて今、その祖先は道を迷っていて永遠までの流民になって遠くて近づきにくい世界に放浪している。
精神は下にいますか?あそこにいますか?
奉った奉献は見ますか?
未来とは外見は素っ裸、中身は空虚
なぜなら万物の霊長はもうわれわれといませんから
もう われわれと一緒に火端に座っている客はいません。
故国を失うことだから人生の苦しみに我慢させる天との絆は切られてしまった。6世紀にユダヤ人の亡命者は彼らの世界に終りは来たと言うことでそんな気持ちを表わせた(Armstrong,p.82) 。
イサ-ク・デイネセンの短編だと思うけど。。。 冬に山荘に旅行者がいた。雪が降っている内に雪宿った。止んで舎を出ていい加減で歩いたり鳥の声を追いついたり付近の牧場を探検したりして夜になり、舎に戻って一泊した。朝は舎を逃した。旅をつづけるつもりで道をとって山に登った。山頂から振りかえって最後に居心地のよい舎を見たがっていた。すると牧場の雪に残していた足跡を見つけてびっくりした。1線でその点を結んだら旅行者の顔の姿を表わせる状態だった。
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